これまで見てきたように、どの賃金体系であろうが、すべて運収さえ一定額以上であれば、(改善基準で禁止されている累進歩合などは論外として)オール歩合給であろうが、固定給+歩合給であろうが、会社の経営上、労務管理上の考え、スタンスによってどちらを採用するのも自由です。
むしろ、多くの会社にとって、今、問題となっているのは、「最賃問題」ということでしょう。
この問題をクリアするには、結局は次の2点になるのではないでしょうか。

①労働時間を減らす
②運収をUPする

(1)労働時間を減らす
タクシーの賃金が最賃問題に陥りやすいのは、その労働時間の長さによるところが大きいのはよく知られるところです。
なかなか運収の上がらない乗務員に対しては、「せめて最賃割れしない程度には稼いでくれよ・・・」というのが本音でしょう。
労働時間の短縮は、労働行政の施策ともマッチするところでもあります。労働時間を減らす方法としては、公休出勤をなくす、時間外労働をなくす、定時制への労働契約の変更などが考えられます。
定時制への労働契約の変更は、退職後の再雇用の際によくとられる方法として、ここでは、オール歩合給の場合で、公休出勤、時間外労働をなくした場合を試算してみます。

ケース1:公休出勤をなくした場合
727円×204時間+727円×0.25×33時間+727円×0.25×72時間≒167,392円
taxi_chin11_727

ケース2:さらに時間外労働をなくした場合
727円×171時間+727円×0.25×39時間≒131,406円
taxi_chin12_727

当たり前のことではありますが、基準額の水準はぐっと下がります。

言わんとするところは、常時、足切り以下であり、会社として最賃保障を余儀なくされる乗務員に対しては、思い切って、翌月以降、公休出勤を認めない、時間外労働を行わせないなどの対応も必要になるのではないか、ということです。

そもそも、所定労働時間は、社員として労働義務のある時間、公休出勤や時間外労働は、労働契約に付随する業務命令に基づいてなされるべきであるもの、ということをはっきりさせなければなりません。

つまり、 公休出勤や時間外労働は、労働者が当然に行うことのできる権利ではない、ということです。
公休出勤・時間外労働が、結果として運収の大幅アップに繋がり、乗務員、会社の双方にメリットをもたらすのか、会社にとって、単に最低賃金保障額を増加させることになるだけなのか、この見極めは大事でしょう。

そのためにも時間管理を徹底することも重要です。

しかし、時間短縮というのは、タクシー事業が労働集約産業である以上、限界があり、まして運収が上らない乗務員に対して、最賃保障のリスクを減らすために時間短縮をするというのは、後ろ向きなやり方と言えなくもありません。

一番いいのは、やはり運収UPなのです。
そこで次項では、運収UPの取り組みについてみてみましょう。

(2)運収をUPする
運収UPの取り組みや工夫については、私はこれまで、いろいろな経営者の方から聞かせていただく機会がありました。残念ながら、その内容をここで紹介するわけにはいきませんので、ここでは実際に生き残りをかけた取り組みを実践した会社や、運収アップを目指すタクシー乗務員のノウハウなどが書かれた、いくつかの文献を紹介したいと思います。私がこれまでヒアリングした内容と通じるものもあり、きっとヒントがみつかるはずです。

①接客サービス革命 三和交通の挑戦 佐藤 弘文 著

内容
『こんな時代でも業績を伸ばしているタクシー会社がある!三和交通の接客サービスの“質”の向上への取組みは、規制緩和の自由化のなかで、“選ばれる”タクシー会社を目指すことから始まった。取組みもすでに9年が経ち、その効果も各所に現れている。しかし、改革がこれで終わるわけではない。“おもてなし”の心で、三和交通の接客サービスはさらに進化を続ける』

CS(顧客満足)を追及する三和交通の様々な取り組み(モニター制度、サービス向上委員会の設置、社内システムの改革など)が紹介されています。柱である「接客サービス」については、乗務員を始めとする社員の意識改革、それは社員教育を「繰り返し繰り返し」、「地道に」、「徹底して」実践し続けたことでようやく変わっていくものだということが伝わってきます。もちろん、それを一方的に社員に課すだけでなく、「乗務社員が働きやすい環境づくり」(すなわちES(従業員満足))も並行して行われたからこそ、実を結んだのかもしれません。

②日本でいちばん大切にしたい会社3 坂本 光司 著

内容
『7つの会社の奇跡のようなストーリー。本当の「働く理由」「会社のあり方」を教えてくれるベストセラー・シリーズ。大切にしたい会社②として、理想を求めて「しあわせを乗せる」タクシー会社をつくりあげる 中央タクシー株式会社(長野県長野市)を掲載』

「理想のタクシー会社」をつくる、と決心して、先代社長が28歳で立ち上げた中央タクシー株式会社。もちろん、最初からうまくいくわけはなく、乗務員に理想を徹底して身につけてもらうために、朝礼の充実、社員教育など様々な取り組みを実に20年をかけて行った結果、現在では 長野でナンバーワンの売り上げとナンバーワンのサービスを誇るまでに成長しています。駅待ちなし、約90%が電話予約という営業形態であり、最近は「空港便」や「タク旅」も手がける。経営理念は「お客様が先 利益は後」。

以上2点は、会社としての取り組みですが、乗務員の視点で書かれたものもありますのでご紹介します。

③タクシー王子、東京を往く。日本交通・三代目若社長「新人ドライバー日誌」 川鍋 一朗 著

内容
『「タクシー運転手になります!」売上高日本一のタクシー会社の三代目若社長が突然宣言。でも、最大の弱点は「道を知らないこと」。果たして、激務にどう立ち向かったのか―。笑いあり、涙あり、意外な出会いあり…心温まる奮闘劇。』

乗務員の視点と言いつつ、業界では有名でしょうが、日本交通・三代目社長 川鍋 一朗氏の乗務員としての約1か月の体験記です。
乗務員としてのノウハウ的なものとしては、①営収よりも回数を目標にする、②回送をなるべく使わない、③流しながら乗り場へ向かう、④巡回コースを作る、⑤時間ごとに営収目標を設けるなどが、「イチロー流タクシー術」として紹介されています。経営者としての視点と、乗務員としての視点の両方から書かれているところが興味深いです。

④タクシーほど気楽な商売はない! あなたにも今すぐ始められる悠々自適の年収800万円ライフ!  下田大気 著

内容
『あの志茂田景樹の息子がナンバーワンタクシードライバーに華麗に転身。タクシーでラクして稼ぐ極意を伝授。』

タイトルはいかにも、という感じですが、有名人の息子でありながら、ひょんなきっかけでタクシードライバーになることになった作者が、実際に運転しながら身につけた、「自分なりの成功パターンを作り出す」、「営業目標を数字で設定する」、「苦手な曜日を作らない」などなど年収800万円達成に至る乗務方法のノウハウが記されています。感じるのは、どんな職業にも向き、不向きがあるように、作者は間違いなくタクシー乗務員に向いているんだろうなあ、ということ。さらに言えば、「工夫できる人」が結果を出せる人ということでしょうか。

③、④はタクシー乗務員を経て経営者になった方には、今更という内容かもしれませんが、それでも社員教育などで使えるヒントが見つかるかもしれません。

また、余談ですが、タクシー業界では、長いこと乗務員不足に悩まされています。
私がお会いしたある経営者の方が、こう嘆いていました。 「タクシーの仕事は、社会保険もちゃんとしてるし、給料も(お客さんを乗せたらそれが反映される、という意味で)わかりやすいし、勤務も規則正しいし、そこらのブラック企業的な会社よりよっぽどいいんだけどなあ・・・若い人が入ってこないんだよ」
④のような本は、意外と業界に人を呼び込む役割を果たしてくれているもかもしれません。

つづき タクシー乗務員の賃金について おわりに

もどる タクシー乗務員の賃金についての考察④